僕が宗教をやめた理由

【実録】30年間信仰していた新興宗教をやめた男の体験記

実力重視タイプ〜新興宗教の中にいる4タイプの人たち②〜

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図1:新興宗教信者4つのタイプ

の図1は新興宗教の中にいる人たちを大きく4つのエリアにわけたものです。

わたしの経験上、信者はこのエリアのどこかに位置しています。一応線で区切ってはいますが、明確に分かれているわけでもありません。

もっと言えば信者はそれぞれこの4つの要素を持ち合わせているけど、割合偏っているエリアがあるということです。

この4つのエリアではそれぞれ中心的な考え方や態度があり、そのエリアに偏る人たちを4つのタイプにわけました。

 

  • 信仰重視タイプ
  • 実力重視タイプ
  • リーダータイプ
  • 傍観者タイプ

基本的にその人のタイプから対照的な位置にあるタイプの人とは対立しやすく、接点のあるタイプの人とは当たり障りないか、良好な関係を築きやすくなります。

 

 第2回は実力重視タイプについて解説していきます。

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 実力重視タイプの特徴と本質

実力重視タイプが宗教の中にいる理由はそのほとんどが「親や家族が引き留めるから」です。

彼らは特別その宗教を信仰したくてしているわけではありません。

特徴~宗教活動に非積極的~

実力重視タイプは宗教活動に積極的に参加することはほとんどありません。周囲の人間が行けというから活動に参加することがほとんどです。

自分の意志で活動していない分、教団の人たちからはネガティブな人間だと思われています(まあ、行きたくないところに無理やり行かされてるんだからそりゃネガティブにもなるだろう…と今は思います)。

その宗教の教義はある程度知っていますが、自分とは関係ないと思っているので、平気でルールを破ります。

周囲の人間は、

「注意したらもう集会に来なくなるかも」
「けど注意しなければ秩序が乱れる」

と内心複雑で手を焼く存在です。

しかし宗教を抜きにするとその態度は人懐っこく、活発な一面を見せます。

本質~信仰重視タイプの反面教師~

ではなぜ実力重視タイプは望んでもいない宗教の中にいるのでしょうか?

実力重視タイプのほとんどは親や兄弟が宗教をやめることを阻止しているからです。それ以外に理由はありません。

本当はやめて自由になりたいのに、

「やめないでちょうだい!」
「教義を守って!お願いだから!」

と実の親や兄弟に泣きつかれたらカンタンにはやめられませんよね(そして結構な確率で親は泣きついてくる)。

実力重視タイプの多くは親が信仰重視タイプです。

子どものころから教団に対する陶酔した親の姿や行動原則に疑問を抱いており、その反面教師で実力重視タイプになったケースが少なくありません。

他のタイプとの関係

実力重視タイプは信仰重視タイプと度々ぶつかります。

リーダータイプにはある程度心を許すことはあります。

傍観者タイプに対しては宗教抜きにすれば割合良好な関係を築くことができます。

信仰重視タイプとの関係

実力重視タイプと信仰重視タイプは非常に対立しやすい関係です。

  • 口ばかりで行動の責任を取らない
  • 上からものを言う
  • まるで自分は崇高かのように振る舞う

実力重視タイプはこんな信仰重視タイプの態度に腹を立てます。

信仰重視タイプは信仰重視タイプで

「自分が正しい」
「自分のほうが信仰的だ」

と思っていて、なぜ実力重視タイプが腹を立てているのか理解できません。

信仰重視タイプは実力重視タイプが信仰的に劣っていて「救うべき対象」のように思っているのです(実力重視タイプからすれば余計なお世話)。

このようにお互い考え方や行動原則、意見が噛み合わないため、実力重視タイプはよく信仰重視タイプのことをけなすような物言いをします。

また親が信仰重視タイプのことが多いため、そんな親に似た態度を取る存在に対して過剰に反発をする傾向があります。

リーダータイプとの関係

実力重視タイプはある程度実力を兼ね備えているリーダータイプには多少心を開きます

もっと言えば魅力的なリーダータイプの下なら宗教活動に参加することも少なくありません。実力重視タイプは実力者に心惹かれるので当然と言えば当然です。

ただし惹かれているのはリーダータイプの実力面であって、やはり信仰に対しては積極的になりきれないこともあります。

リーダータイプは実力重視タイプに対して理解を示した行動と態度で臨むので、信仰重視タイプのように見下されていると感じられません。

  • 一対一で接してくれるリーダータイプとの付き合いは保ちたい
  • 自分も精神的に強く、実力のある人間になりたい

このような気持ちがリーダータイプとの関係を良好に保つ材料です。

ただしいずれそのリーダータイプより実力面で勝ったと感じた時、やはり距離を置くようになります。

傍観者タイプとの関係

傍観者タイプとは当たり障りのない関係です。

傍観者タイプ自体あまり積極的にアプローチしてこないので接点すらないことがあります。

  • 実力重視タイプはあまり集会やセミナーに参加しない
  • 傍観者タイプも気分が乗らないときは集会やセミナーに参加しない

このようなことから2者が頻繁に会うということはありません。

だからといって仲が悪いわけでもなく、むしろ何かのきっかけに出くわしたら傍観者タイプの「いい意味で自分勝手な側面」が実力重視タイプにとっては面白く、会話が弾むこともあるほどです。

傍観者タイプは信仰重視タイプほど宗教活動に積極的ではないので、実力重視タイプとしては安心できる存在なのでしょう。

教団(宗教組織)との関係

実力重視タイプにとって教団は自由を奪う存在です。

また親をはじめとした家族との関係を悪化させている存在として受け取っている節もあり、とにかく目の敵にする対象ともいえます。

ただし心が弱くなると実力重視といえども教団に支えを求めてしまうことも少なくありません。

教団からの視点としては教育するべき対象なので比較的やさしく接します。

教団は自由を奪う存在

実力重視タイプはとにかく束縛を嫌います

そんな彼らに、

「これが正しいからこうしろ」
「〇月〇日のセミナーに参加して」
「毎週集会にでなさい。さもないと不幸になるよ」

といってくる教団ほどうっとうしいものはありません。

「何の権限があって自分の人生に指図するんだ?!」とイライラしています。

わたしも昔、典型的な実力重視タイプに電話をかけたら、名前を言っただけで電話をブッチされました。

教団が自分に話しかけてくる理由は1つ。言葉巧みに教義を刷り込ませて信仰マシーンにすることだという認識です。

教団にとっては「教育」の対象

実際に実力重視タイプの「言葉巧みに教義を刷り込ませようとしている」というのは認識として間違いはありません。

わたし自身、教義を刷り込ませる側だったこともあり、今考えてみると相手の人生を身勝手にコントロールしようとしていたんだと自覚できます。

教団の中にいるころは「教育する」という言葉は良いことだと思っていました。そしてその対象は大体

  • 実力重視タイプ
  • 傍観者タイプ

のどちらかでした。

実力重視タイプはそんな「教育してやろう」というこちらの身勝手な発想に気づく、繊細な感性を持っている人たちだったのだと今は実感しています。

教団は自分たちの教義の正しさを証明するためにも、実力重視タイプを(教団の基準を満たした)信仰者にしたいのが本音です。

だから積極的にイベントなどに誘って関係を築こうとします。そしていわゆる「教育」につなげようとするんです。今考えると怖いですね…。

実力重視タイプの問題点

最後に実力重視タイプの問題点にも触れておきます。

ここまで読んでいただいた方は実力重視タイプが「かわいそうな被害者」に映ったかもしれません。

けど必ずしもそういうことではないのです。

実力重視タイプは必ずしも「実力者」ではない

実力重視タイプはしばしば信仰重視タイプのような、

  • 大して実力のない人
  • 自分の人生に責任を負わない人
  • 口だけで行動しない人

に対して冷たく接します。その言い方はかなりキツイものがあり、平気で相手を傷つける言葉を吐きます。

これは自惚れです。

実力を重視するわりには、本人こそ精神的・実力的に未熟な点が多いことに気づいていません。

信仰重視タイプを毛嫌いする本当の理由

なぜ実力重視タイプが信仰重視タイプを毛嫌いするのか?それは自分自身の中に信仰重視タイプと同じように、

  • 相手を見下す
  • 無責任な態度をとる
  • 精神的に未熟

 といった側面があるからです。自分の嫌な部分を鏡映しに見て気分を悪くしていることに気づいていません。

相手をののしっているようで、自分の負の側面を受け入れられないから、それを最寄りに表現する信仰重視タイプに映しだして自分と切り離したかのうように錯覚しているだけです。

「自分はあんな人間じゃない」と自己を正当化する材料として信仰重視タイプを利用しているに過ぎません。

もしもあなたが実力重視タイプなら、この意味をわかってもらえるはずです。

一歩離れたところからものごとを見つめられるかがカギ

実力重視タイプは「自覚(一歩離れたところから自分をみつめること)」ができるようになればあとは早いです。

他人に対して批判的だったのが、自覚をもって適度な距離感と冷静さでものごとに対処できるようになります。

ほとんどの場合、親が信仰重視タイプで口酸っぱく教義に従うように迫ってくるので、実力重視タイプにとって批判的になるなというのは難しいことです。

ただし自覚するというのは必ずしも批判的になるなという意味ではありません。その場の感情に流されず、健全な否定と肯定をするということです。

宗教といっても3割くらいは正しいことを言っていたりもします。すべてを否定する必要はありません。

重要なのは適度な距離感をもって接する能力を身につけることです。そうすればいちいち気分の悪くなる批判をすることなく、賢く教団から距離を置くことができるでしょう。

 

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