僕が宗教をやめた理由

【実録】30年間信仰していた新興宗教をやめた男の体験記

結婚を考えている彼・彼女が新興宗教の信者という方へ

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のブログは二世信者向けに書いてはいますが、時々メールやツイッターのメッセージで、

「結婚を考えている相手が新興宗教の信者で不安…」
「何か良いアドバイスはないですか?」

という相談をいただきます。つまり、本人は信者ではないからどうしたら良いかわからないというケースです。

 

正直、自分が結婚していないのでベストな提案ができなくて心苦しいのですが、宗教の中にいた人間として、予測できる範囲のことをまとめてみました。

 

 

 

親族との関係、夫婦の関係、親子の関係と課題を分けて考える

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まず大切なのは課題を分けることです。宗教の中にいた経験から推測して、将来的にぶつかるであろう問題は大きく分けて3つです。

  1. 親族との関係(相手の家族と自分の家族)
  2. 夫婦の関係(夫婦と宗教)
  3. 親子の関係(子供の教育方針)

課題を細分化することで、より詳細な対策を立てられるメリットがあります。

 

1.親族との関係

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親族との関係は、相手の家族と自分の家族との兼ね合いをどうするかが課題になってくるのではないかと思います。

 

ここで重要になるのが、結婚を考えている相手本人が信仰を続けているかそうではないかです。

 

そのため、さらに深堀するために、

  • 本人に信仰心がある
  • 本人に信仰心はないけど、一応宗教組織に属してはいる
  • 本人は信仰していない(やめている)

と細分化して考えてみましょう。

 

本人に信仰心がある

本人に信仰心があって、相手親族も信者の場合、宗教によっては家族ぐるみで勧誘してくる可能性があります。特にカルト色の強い新興宗教は「家族で信仰することこそが善」とされているケースがほとんどだからです(実際にわたしがいた宗教も親族に電話をかけて勧誘するよう推奨していました)。

 

もしもあなたが相手の宗教に興味がないのなら、

信仰はして良いけど、わたしとわたしの家族を勧誘するのはやめてください

と、その旨をしっかり伝えましょう。曖昧(あいまい)にしているとあとが大変です。自分の家族にまで迷惑をかける結果になりかねません。

 

お互いのことは尊重している立場に立つことが重要です。

 

そのうえで、ご自身の家族に説明するのが良いでしょう。 自分の家族には「彼・彼女はわたしたち家族を勧誘しない」と本人同席で伝えることも大切です。

 

本人に信仰心はないけど、一応宗教組織に属してはいる

本人に信仰心のようなものはないけど、家族が信仰しているから一応、宗教の集会にたまには顔を出す、という人は少し注意が必要です。どっち付かずの信者の場合、親族ががっちりと本人の行動をつかんでいることが考えられるからです。

 

判断に迷ったら自分の親族に意見を聞くことがあり、それが宗教の教義を土台に導き出されたアドバイスになることも考えられます。親族にコントロールされているようなものです。

 

このような信者の親族は、ずかずかと家庭のことに意見をすることが多くなり、むしろ信仰心がある信者よりやっかいかもしれません。自分の親族と相手の親族も良い関係を築きにくいことも考えられます。

 

よくあるのは「自分は信仰心がないから大丈夫」と言っていたけど、結婚してみると自分の親族に言わせるがままで、結局、家庭内に不協和音が生じるケースです。わたしが宗教の中にいたころにも、こういう家庭はあって、見ていてつらかったのを思い出します。

 

このような信者が相手の場合は、本人もそうですが、相手の親族との立場やパワーバランスも含めてよく観察しましょう。

 

本人は信仰していない(やめている)

本人は信仰していないけど、相手の家族が信仰している場合は、先に説明した一応所属している人とは対応の仕方が変わってきます。

 

宗教の教義によっては「排斥」という考えがあって、その宗教を離れたことを糾弾したり、家族であっても無視したりと、関係が複雑な状態になっていることがあります。結婚式にも出席してくれない可能性があります。

 

そうでなくても、家族とは違う生活を選んでいることで、何かしらのしこりがあることは考えるに難しくありません。

 

このような場合は、あなたとあなたの家族、そして相手の方の関係が大切になるでしょう。それを土台に、相手家族との関係構築に向けて一緒に取り組むのも良いかも知れません。

 

2.夫婦の関係

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夫婦は文字通り、

という一対一の関係です。親族関係も家族関係も、この夫婦の関係性がどうかによって大きく変わります。

 

ただ、どのような状況でお付き合いをはじめ、結婚という判断に至ったのかは人それぞれ違うことでしょう。結婚が近づいてから、相手が新興宗教の家庭育ちだと知るケースも考えられます。

 

その場合、一度その宗教についてご自身で調べてみるといいのかもしれません。

  • 教義上の決まり、禁止されていること
  • その宗教が唱える最終ゴール
  • 集会・礼拝の頻度、etc

このようなことが分かれば、宗教がどのように夫婦関係に影響を与えるか予測できることがあります。

 

教義上の決まり、禁止されていること

例えば、教義上で他の宗教的なイベント(クリスマス、七五三、神社参拝、冠婚葬祭など)が禁止されていることがあります。食べ物や音楽の制限をしていることも多いです。

 

そのような場合は、相手に合わせて行事への参加や生活の内容を考える必要があります。もちろん、自身は宗教を信仰しているわけではないので、夫婦で関わる内容には限られます。

 

宗教が唱える最終ゴール

その宗教の最終ゴールは何なのか?」これを知っておくことは重要です。

 

もしもその宗教が「他の宗教を排斥して、世界中の人々が我々の信者になること」というゴールを持っているなら、夫婦である以前にあなたも「救う対象」になり得るでしょう。

 

つまり夫婦関係に宗教が介入することになり、意見の食い違いが起こることが考えられます。

 

集会・礼拝の頻度

新興宗教には定期的な集会が開かれます。数日間、宗教の施設で泊まりながらセミナーを受ける宗教もあります。そのような宗教活動と夫婦生活の時間バランスを考えてみることも重要です。

 

ただ数日間泊まるようなセミナーがよくある宗教は少し注意が必要です。短期間のセミナーでは一時的に気分の高揚(こうよう)が起きやすく、そこから帰って来たばかりはその余韻が残っています。その流れで「君もどう?」「あなたにも来てほしい」と勧誘される可能性があります。

 

考え方の違い

新興宗教の信者は一般社会と少し違う考え方を持つことがあります。

  • 離婚は絶対にしてはいけない
  • 性に対する考え
  • 家族観

などなど、宗教によって違うでしょう。宗教という環境の中で育ってきた二世信者ならなおさらです。こればかりは生活していく中でうまく調整していくしかありません。

 

大切なのは「お互い違う考えだ」ということを認識しつづけることです。すべての考えを否定するのではなく、あくまで「そういう考えもあるんだ」くらいに話合うのが良いかと思います。

 

3.親子関係

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結婚を考える前に「将来子どもが生まれたら、どのように教育するか」ということも話し合いましょう。

 

片方の親が信者で、もう片方が信仰を持っていない家庭をわたしもいくつか見てきました。大体は片方が反対しているのに、こっそり宗教の行事に連れてきていたように思います。

 

子どもの目線からすれば、自分の親が隠し事をしている姿を目の当たりにするのですから、「うちの両親は仲が良くないのかな?」と不安に思い、心に傷を残す可能性も十分に考えられます。

 

そうならないためにも、先に話し合っておく必要があります。

 

子どもにはちゃんと説明責任を果たす

物心ついた子どもに対しては、両親の立場を明確に伝えるようにましょう。

「片方の親は信仰を持っていて、もう片方の親は信仰を持っていない」

これを認識させたうえで、

「お父さんとお母さんはお互いの生き方を尊重している」
「お前も自分の人生は自分で選んで、大切にしなさい。精一杯応援するから」

という態度で家庭生活を送るのが良いでしょう。良い方向に行けば、本人の自立心を育てることにもなります。

実際に、子どもの頃から親に「自分の宗教は自分で選びなさい」と言われて育ってきた二世信者を見たことがありましたが、わたしの目にはとてもたくましく映りました。

 

最後に〜「愛する条件」を作らない〜

家庭の中に宗教が常にあった環境で育ったわたしですから、それが良いことなのか悪いことなのかは断定できません。良いこともあれば、辛いこともあったからです。

 

しかし、できるなら「宗教あっての家族」という状態にはならないように強くすすめます。

 

理屈で説明するより、わたしの体験談がその理由を考えさせてくれるでしょう。

 

ある日、宗教の行事中に、わたしも付き合いのある信者夫婦が何やら言い争っていました。というより片方がもう片方を責め立てている状況だったように思います。普段はとても仲が良い夫婦です。

 

それはちょっとした「信仰観の違い」が原因でした。周囲には他の信者がたくさんいるにも関わらず、

  • 何が正しいか
  • 何が間違っているか

で相手を責め立てていたのです。ただ、すでに大人だったわたしは、それは「よくある光景だ」と思っていました。

 

しかし、そのあとわたし自身、(今でも)忘れられないショッキングなことが起きたのです。

 

わたしの袖を例の夫婦の子どもが引っ張って「ねえねえお兄ちゃん!あっち行って遊ぼう!」というのです。

(遊ぼうと言われても大切な行事の途中だからな…)

と、内心思っていたのですが、その子はとても力強くわたしの手を引っ張りました。

 

最初は笑っているように見えたのですが、少しずつ目に涙を溜めて「あっちに行って遊ぼう!」と言うのです。

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「どうしたの?」と聞くと、その子はこう答えました。

 

お願いだから、ぼくのお父さんとお母さんを見ないで!!

 

もし、この話を聞いて

「その子がかわいそう」
「両親はなんて人だ」

と感じたなら、あなたはその瞬間のわたしが受けたショックの本質を理解することは難しいでしょう。

 

しかし、あなたが二世信者なら、もしかしたらわたしの言いたいことが理解できるかもしれません。「お父さんお母さんを見ないで」と言ったその子のことを他人事とは思えないはずです。そう、わたしたち二世信者の姿そのものだからです。

 

両親ゆえの自分でありたいのに、その関係性には常に宗教の存在がある、それは子どものアイデンティティに大きく影響を及ぼします。

 

「親と子」という一対一の関係性のはずが、そこには別の何かがいつもいて、自分たちを監視している感覚です。何かの拍子にあの信者夫婦のようにわたしたちを糾弾します。

 

あの子どもの姿は、過去から現在に至るまでの自分

そして、夫婦信者は未来の自分を映し出しているように感じました。

 

家庭の中心には宗教を持ち込まない、これを大切にしましょう。親子や夫婦の関係性は宗教と関係なく、常に一対一であるべき、これがわたしの考えです。

 

 

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